黒田官兵衛が教科書に載っていないのは優秀すぎたからである

黒田官兵衛が教科書に載っていないのは優秀すぎたからである

2014年NHKの大河ドラマ軍師官兵衛がマイブームとなっております。
実際はどのぐらいの面構えかはわかりませんが岡田准一さんが演じることで黒田官兵衛という男はかなり美化されてしまいました。
姫路の街中を歩いても官兵衛ブームに乗っかって街が官兵衛一色になっております。
しかし、そもそもこの黒田官兵衛ですが大河ドラマ化されるまで全く知りませんでした。というか歴史に興味がないうえに教科書にも載ってないというではないですか。

なぜ黒田官兵衛は教科書に載っていないのか

黒田官兵衛は織田信長が明智光秀に殺された本能寺の変の時に秀吉とともに中国で戦に勤しんでいたのですが「信長がおらんよーになったので今やったら天下取れますぞー!」と信長が討たれて悲しんでいた秀吉に進言して明智光秀を倒すべく戦を中断してまで京へ向かいました。

その頃の道といえば舗装もされていない道で中国(広島?岡山?)から京までは20日ぐらいかかる道です。
しかし、官兵衛はわすか6日で京にたどり着くことができたといいます。
ここらへんが「官兵衛ちゃん頭いい〜」と言われる部分です。どうやって兵の士気を高めスピード京入りを果たしたかというと、欲望を全て満たしてあげたらしいです。
まず【金】。ここで頑張ったらボーナスすごいよーと言ったんでしょうね。これは士気上がります。
次に【出世】。あんた今主任やったね〜。6日で着いたら課長にしたるよ!へへぇ〜て感じでしょう。
最後に【食欲】。行く村々では既に食事の用意が整っていたそうな。官兵衛が休憩所ごとにちゃんとたらふくのご飯を用意していたようです。
そして想像以上に早い京入りで秀吉が明智光秀を討伐して天下を取りましたとさ。

それから官兵衛は九州で隠居生活をしとったんですが最後の大作戦として1600年の徳川軍vs石田三成軍【関ヶ原の戦い】で自分の息子を徳川軍に援軍として送り込んで信用させ、みんな戦で疲れきったところで一気に天下取る作戦だったのですが、この官兵衛のバカ息子がたった1日で石田軍をやっつけてしまったので官兵衛の最後の大作戦は未遂で終わってしまったそうです。

つまり官兵衛はめちゃくちゃ頭がよくて、家康も秀吉も全部この人がマネージメントして成長させてきたんですが、「官兵衛のいう通りにやってるだけで天下に近づいていく。怖〜。」という事であまり出世させてくれなかったそうな。

マネージャーとしては最高のテクニックを持っていましたが自分が主役になることがなかったので教科書に載れなかったのです。

難攻不落の城として有名な大阪城(大坂城)や姫路城はこの頭のいい黒田官兵衛が設計しました。

いやー官兵衛おもしろいですな。